チベットの湖水や空の色はチベット・ブルーと言われ、チベットを訪れたことのある人は異口同音に信じられないほど美しい碧であると絶賛する。中国では桃源郷に例えられるほどの美しい自然を前に、人々が深い信仰心を持つのはむしろ自然なことであろう。
チベット医学はホリスティックである。精神と肉体との関係、また統合された心身と宇宙全体との関係を重視する。内と外それぞれのバランスを維持しようとし、バランスが崩れた時にはそれを回復しようと努める。
また、「愛情のこもった介護」が、患者を回復に導く重要な要因だとみなされる。治療者の倫理性や、智慧と慈悲の深さは患者の治癒能力に大きく関わると信じられている。 チベット医学は、精神的な治療法と合理的な治療法が癒合しているという点で独特である。その源にはチベット仏教という精神的な核があり、これがチベット医学を極めてユニークなものにしている。
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<精神的な治療法> |
心の本性を認識し、否定的な情動を抑制するために霊的修行や精神修養を行う。瞑想、徳を身につけること、祈り、その他の宗教的実践が含まれる。
チベット医学にも経絡という考え方はあるが、中医学のそれとはかなり違いがある。チベット医学の経絡はタンカと呼ばれる絵で示される。体の中を一本の大きな経絡が通っており、その周りをうねるように上昇するもう1つの流れがある。その途中にはツボに相当するチャクラと呼ばれる部分があり、チベット仏教におけるヨーガの瞑想ではこのチャクラを順に開いていく。
瞑想の修行の途中で精神的におかしくなる時があり、その時は紅景天や麝香(じゃこう)など独特の香りのある薬を使用する。チベット僧はそれぞれに処方した薬を持ち、修行中に用いる。
チベット仏教には性交を用いたヨーガがあるが、紅景天は性的能力を高めるための薬としても用いられる。
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<合理的な治療法> |
チベットは仏教以前の時代に、薬草の国として有名であり、ヤンルンには薬草の宮殿がある。チベットには高山植物や希少植物が多く、それらの驚くべき効力は古代中国の本草書にも記述が見られる。チベット医学の薬物学についての知識は、医学マンダラに描かれている。 |
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「優しい方法」
香の吸入、薬草風呂、薬用油のマッサージ、薬物投与が含まれる。 チベット医学で最も基本的で好まれている治療法は、行動や食習慣の矯正である。これは最も優しく、最初に行われる治療法である。
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「強い方法」
瀉血法、灸療法、鍼術などがある。鍼と灸は控え目に行われ、中医学に比較して使用されるツボの数も少ない。
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「激しい方法」
小さな手術や焼灼法が含まれるが、その治療が絶対に必要となるまでは行われず、最後の手段と見られている。
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チベット医学はインドのアーユルヴェーダに基づくところが多いが、インド以外の様々な文化圏からも影響を受けている。
例えば、陰陽五行説・脈診・舌診・鍼療法は、唐の時代に中国から皇女がチベットに嫁いだときに付き添っていた多くの中医師が伝えた古代中医学の名残である。また、古代ギリシャの医学の流れを汲むペルシャの医学体系からも、大きな影響を受けた。
「文化は辺境に残る」という言葉どおり、様々な古代の医学や文化の形が今なおチベットには残っている。チベット医学を学ぶことでこれらの一端に触れることができるのである。
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